ごあいさつ
このたび公益財団法人東急財団は、三田健志個展「忘れていい風景」を開催いたします。三田は広島県生まれの美術家で「経験」をテーマとした活動を展開しています。写真を主な表現媒体として今日の私たちの経験/体験をめぐる諸問題について探究を続けてきました。2018年には五島記念文化賞美術新人賞を受賞し、ハワイ諸島で1年間の在外研修を行いました。ハワイ州ホノルル市の姉妹都市である茅ヶ崎市で開催する本展では、研修の成果として制作された写真・映像作品約40点を紹介いたします。
五島記念文化賞とは
豊かな生活環境の創造に力を尽くした、故・五島昇東急グループ代表の事績を記念し、芸術文化の分野における優秀な新人を顕彰することを目的に1990年に創設されました。美術とオペラの分野で次代を担う若手芸術家に「五島記念文化賞」(美術新人賞・オペラ新人賞)を授賞し、海外研修への助成および研修終了後の成果発表の機会を提供しています。本展は、研修終了後の成果発表として助成を受けています。
主な展示作品
〈PortLait〉
ハワイに暮らす人々の眼差しをモチーフとした作品です。三田がハワイで交流した人物の後ろ姿がおおむね等身大にプリントされています。作品の隣には撮影された人物に関係するオブジェクトの写真とテキストが添えられています。
左:《Sakura/Micah》
中:《Lanai》
右:《Lonny/Taro》
〈Filler〉
私たちがハワイらしさを感じる植物の多くは外来種です。文化や習慣とともに持ち込まれたそれらは、故郷との隔たりを埋めて移民たちの心を慰め、同時にハワイの/故郷のかつての姿を忘れさせていきました。それらが今のハワイの姿――彼らの子どもらの故郷の風景を形作っています。
展覧会によせて
ハワイと日本には古くから非常に深い縁があります。明治以降、多くの移民が日本からハワイに渡り、ハワイの人口の4割以上を日系人が占めていた時代もありました。今でも田舎町を歩けば、私たちが昭和に置いてきた光景をそこここに見つけることができます。
研修は、二次大戦前中後の日系社会について調査することから始まりました。多くの方々に取材するなかで、関心の焦点は歴史的な出来事それ自体から、出来事が歴史となる過程で失われてしまう存在、いわば歴史の枝葉と呼びうるものへと移っていきました。複雑な出来事を歴史として記述しようとする営みは、樹木の枝を払って皮を剥ぎ、製材する行為にどこか似ています。ひるがえすと体験していない歴史に応答するということは、製材された歴史に枝葉を与え、再び混沌とした出来事の側へと差し戻そうとする行為であるといえるのかもしれません。
ハワイでの経験は、帰国後しばらくして2つのシリーズ――ハワイ諸島で撮影した〈Filler〉、そこに暮らす人々の眼差しをモチーフとする〈PortLait〉として束ねられました。これらは観光地ハワイのきらめきや、その裏側にある暗部をわかりやすく表そうとするものではありません。写し出した人々の眼差しの先に、光でも闇でもない曇りのハワイが、そして戦後にありえたかもしれないもう一つの日本の姿が浮かび上がってくることを願っています。(三田健志)
※Filler(フィラー):「えーっと」「あの」など、それ自体はほとんど意味を持たないつなぎ言葉、言い淀みのこと。会話の目張りや緩衝材として働くほか、言外の意図を伝えたい場合にも用いられる。
作家プロフィール
三田健志(Takeshi Mita)
1979年広島県生まれの美術家。2004年多摩美術大学大学院美術研究科修了。「経験」をテーマに国内外で発表を続けるほか、諸領域の専門家と協働して展覧会やシンポジウム等の企画も手がける。主な展覧会に「BEYOND2020」(アムステルダム、パリ、東京を巡回 2018年)、「The Fictitious」(北京 2017年)など。